フランス映画レビュー

『夢見る人』
l’homme d’argile

『夢見る人』(写真提供:Unifrance)
"l’homme d’argile" photo by Unifrance

国際審査員グランプリを受賞した静かな注目作

フランスのアナイス・テレンヌ監督(Anaïs Tellenn)による初長編作品。2025年に開催された第15回MyFrenchFilmFestivalで国際審査員グランプリを受賞した。

ストーリー

舞台はある田舎の村外れにある古い邸宅。かつては豪華な屋敷だったが、今は館主不在で庭師のラファエル(ラファエル・ティエリ / Raphaël Thiéry)が管理している。60歳を目前にしたラファエルは独身で片方の目がなく、年老いた母と館の敷地内にある小さな家で暮らしている。カジモドのような風貌がいかにも古い屋敷の管理人という感じを出している。趣味はバグパイプ演奏とモグラ狩りで、たまに家に荷物を届けに来る郵便局員の女性と近くの森で愛のないセックスをするのが日常だった。

『夢見る人』(写真提供:Unifrance)
"l’homme d’argile"photo by Unifrance
しかし、ある嵐の夜、館の相続人である女性ギャランス(エマニュエル・ドゥヴォス / Emmanuelle Devos)がやってくる。静かな日常に現れた謎の女性という展開がこれから起こる不穏な物語を予感させる。突然の館主の出現に2人は不審に思いつつも、管理人としてギャランスの世話をする。後日ネットで検索をすると、彼女は著名なアーティストであることが分かり、なんらかの制作をするために屋敷へ帰って来たことを知る。自らの涙や肉体を展示する独特の現代アートは、現実の世界でもいかにもありそうなリアリティがある。

ラファエルは現代アーティストであったギャランスに強い関心を持つが、創作に集中したいという理由から館へ入ることを禁じられてしまう。しかしある夜、ラファエルは好奇心に抗えず、彼女の住む館に侵入してしまう。そして彼はギャランスが密かに作っていた作品を見て言葉を失う。

『夢見る人』(写真提供:Unifrance)
"l’homme d’argile" photo by Unifrance

不完全さを見せる確かなリアリティ

怪物的な風貌の管理人が住む古い館が舞台というとファンタジー的なストーリーを連想するが、演出には確かなリアリティーがあり、これが現代の村で起きている出来事であると観客に信じさせる説得力を持っている。日常としてのリアリティを固めるのがラファエルの母親と女性郵便局員。庭師のラファエルは口うるさい母親と些細なことで口論になったりと、よくある普通の親子の日常が描かれる。医者からもらった最新の義眼のカタログを捨てられて母親を責めるという思春期的な微笑ましい場面もある。郵便局員とは配達車や森の中でセックスをして日頃のストレスを発散させているが、二人はそこまで親密なわけではなく、ドライな関係が徐々にあきらかになっていく。これらは内向的な庭師の日常風景を描き出すと同時に人間が不完全な生き物であることを示す大事な演出となっている。

『夢見る人』(写真提供:Unifrance)
"l’homme d’argile" photo by Unifrance

新たな自分の発見

そのような変わらない日常の中で彼は自分が何者でもないというあきらめと苛立ちを持っている。しかし、謎めいた芸術家ギャランスとの出会いによって彼は新しい自分を発見する。彼女にバグパイプの演奏を褒められ、彼は自分のしていることに確かな価値を見出していく。彼女との距離が近くなる中で、ある日を境に彼は自分の中に今までになかった新しい何かを見つける。それは芸術家のミューズとしての自分だった。

ラファエルは芸術家の依頼で彫刻のモデルをすることになり、今まで知ることのなかった芸術の世界に初めて触れる。芸術家とモデルの関係は多くの映画で語られてきた。有名な作品として彫刻家ロダンとその弟子カミーユの関係を描いた『カミーユ・クローデル』や画家フェルメールと少女グリートとの生活を描いた『真珠の耳飾りの少女』などがあるだろう。しかし、女性芸術家と男性モデルという組み合わせは珍しい。彼はギャランスのミューズになることで自分が今までとは違う人間になったと感じるようになる。

『夢見る人』(写真提供:Unifrance)
"l’homme d’argile" photo by Unifrance

現代のゴーレム

映画の最初にチェコ土産のゴーレム人形が出てくるが、これはこの映画の行く末を暗示している。ゴーレムとはユダヤ教の伝承に登場する動く泥人形。この映画の原題"l’homme d’argile"は日本語に訳すと『粘土の人』であり、土でできた人間というモチーフがこの映画の重要な要素になっている。ロダンの彫刻『考える人』へのオマージュ的なタイトルとも言える。

モデルになることによってギャランスへの愛と新しい自分の価値を見つけた彼は、彼女の彫刻制作のための「人形」となり、次第に作品と同化していく。それは芸術家に対する偏狭的な愛の形でもあり、映画後半で彼が行ったある驚くべき行為はその頂点とも言える。

しかしゴーレムは自ら動く泥人形であると同時に「未完成のもの」という意味もある。未熟だった彼の愛は報われず、一夜のうちに失われる。逆に彼をモデルにした作品は完成し、彼女の傑作として都心のギャラリーで展示されることになる。作品は同じ形としてずっと残るが、愛は時が過ぎるとどう変化するのか。観る人を悲しみと心地よい静けさに包み込む美しい詩のような作品。
『夢見る人』(写真提供:Unifrance)
フランス映画
『夢見る人』 / "l’homme d’argile"
監督:アナイス・テレンヌ
出演:ラファエル・ティエリー、エマニュエル・ドゥヴォス
制作会社:Koro Films
制作年:2023年
公開:2024年1月24日
時間:94分

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