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パリ文学スポット:ボードレールが青春時代を過ごしたサン・ルイ島の館

ボードレールが青春時代を過ごしたサン・ルイ島の館

サン・ルイ島にある17世紀の豪華な邸宅

ボードレールが青春時代を過ごしたサン・ルイ島の館

サン・ルイ島にある17世紀の豪華な邸宅

ノートル・ダム大聖堂のあるシテ島の西に浮かぶサン・ルイ島。そこは高級住宅地として知られる閑静なエリアです。その島の河岸にあるローザン館は、17世紀に建てられた美しい邸宅。武器商人のグリュアンが館主でしたが、公金横領罪で投獄され、その後ローザン公の邸宅となります。かつて詩人ボードレールが青春時代を過ごした館として知られています。ここはまた19世紀に文学者テオフィル・ゴーティエやバルザックたちが通う『ハシシュ・クラブ』の会合場所ともなり、ボードレールは同じ館にあるその幻想的で怪しげなクラブに出入りしていました。

ボードレールが『悪の華』を書いた青春時代の場所

ボードレールは『パリの憂鬱』や『悪の華』で知られるフランスの詩人。生前に発表した唯一の詩集『悪の華』で知られるようになりました。20歳になったばかりのボードレールは亡父の遺産を分け与えられたあと、転居を繰り返していました。1842年、サン・ルイ島のオテル・ピモダン(Hotel Pimodan、ローザン館の当時の名前)を買い取ったジェローム・ピション男爵が館を修復し、そのアパルトマンの一つをボードレールに貸しました。彼は自分の美学と生活を一致させるために高価なアンティーク家具を買い揃え、借金を重ねます。しかし1843年から1845年の約2年間、彼はこの館で青春時代を過ごし、『悪の華』に収める詩の大半を書き上げました。その詩の多くは近くに住んでいた恋人ジャンヌ・デュヴァルを讃えたものです。またボードレールはこの時期に、ヴィクトル・ユーゴーやテオフィル・ゴーティエ、サント・ブーヴと知り合っています(前述のハシシュ・クラブ)。しかし1844年9月に息子の借金を嘆いた母からの送金が減ると、ボードレールは自殺を図り、恋人の看病で治癒、その後母の住む家に戻って暮らすことになります。サン・ルイ島での豪奢な生活はわずか2年で終わりを告げました。

リルケやワーグナーが滞在し、アジェが撮った

ローザン館には、ボードレールの他にも、多くの文学者や芸術家の足跡が残っています。『若き詩人への手紙』を書いたリルケや『トリスタンとイゾルデ』で有名な作曲家ワーグナーもこの館に滞在しました。また100年前の失われたパリを撮り続けた写真家ウジェーヌ・アジェもこの館と外装と内装を撮影しています。またサン・ルイ島はローザン館以外にも文学者・芸術家にちなんだ館が他にもあり、画家エミール・ベルナールが住んでいたシャロン館、ロダンの愛人だったカミーユ・クローデルが精神病院に送られる前に住んでいた館、ショパンが演奏しル・ヴォーの設計とルブランの室内装飾で有名なランベール館などがあります。

今はパリ市の迎賓館に。春・夏には一般公開も

現在ローザン館はパリ市の迎賓館として使われています(写真・左)。華麗な装飾で埋め尽くされた美しい内装で、背の高い窓からはセーヌ河が見下ろせるそうです。この館は1657年に有名な建築家ル・ヴォーによって作られました(または居酒屋経営者の息子シャルル・グリュンによって)。17世紀の貴重な建築は、その古さにおいても見る価値ありです。2階には目を見張るほど美しい金箔の施されたバルコニーもあります。内部の一般公開はされていませんが、春と夏に行われるサン・ルイ島ツアーのときに、この邸宅の一部が公開されるそうです。サン・ルイ島の散策のついでに訪れてみてはかがでしょうか。
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