ラパン・アジル
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モンマルトルにある歌酒場
サクレ・クール寺院の裏を歩いていると、緑に覆われた一軒家風の店があります。サン・ヴァンサン通りとソレ通りの角にあるこの店は芸術家たちが集まったことで知られる居酒屋ラパン・アジル(Au Lapin Agile)。ラパン・アジルはお酒を飲みながら歌を楽しめる居酒屋(シャンソニエ)であり、19世紀には多くの画家・詩人・作家・喜劇役者たちが集まる芸術的なキャバレーでした。ラパン・アジルの歴史
18世紀末の1795年、モンロワ夫妻がこの土地を買い、1825年に現在の建物を建てたという記録が残っています。最初は一般の住宅でしたが、のちに改造され行商人などを客とする居酒屋になりました。19世紀後半になると、パリの街角ではカフェ・コンセール(見世物カフェ)やキャバレー(シャンソンカフェ)などの芸が楽しめるカフェが人気となりました。のちにラパン・アジルとなるこの店もカフェ・アササン(殺人者カフェ)という名前のキャバレーとして営業を続けていました。店名がラパン・アジルとなるのは1875年以降のことでした。モンマルトルが芸術家で賑わった20世紀初頭、ラパン・アジルは客たちにフレデ爺さんと呼ばれたフレデリックが経営する庶民的な居酒屋となります。そこにはギョーム・アポリネールなどのモンマルトルの詩人たちが集まり、ピカソやヴラマンクなどの画家たちと語り合いました。ここは当時、まだ売れない貧乏な芸術家たちが夜な夜な集まる安い居酒屋で、彼らは無頼な生活をしながら気ままに絵を描き、夜になるとフレデの店に集まってワインを飲み語り合ったのです。作家フランシス・カルコも、南仏からパリのラパン・アジルへやってきてマッコルランと出会い、そのままモンマルトルに住むことになります。それがのちにモンマルトルの画家たちの素顔を描写したことで有名な『巴里芸術家放浪記』の執筆につながります。
ラパン・アジルの由来
店の名前ラパン・アジル(Lapin Agile)は「跳ねウサギ」を意味します。この店名の由来は1875年、風刺画家のアンドレ・ジル(Andre Gill)が「フライパンから飛び出すウサギ」を店の壁に描いたことにちなんでいます(その絵は今も残っています)。「ジルのウサギ」(Le lapin a Gill)と「跳ねウサギ」(Lapin Agile)をかけた言葉遊びは、詩人たちの集まった居酒屋ならでは。
芸術家としての店の終焉と現在
しかし1910年代が過ぎると、ラパン・アジルに通っていた画家や詩人たちは徐々に店から離れていきます。時代はモンマルトルからモンパルナスに移っていった頃です。名声を得たフランス画家や作家・画家志望のアメリカ人は丘を下りてモンパルナスで人生を謳歌するようになり、もはやラパン・アジルで芸術家たちが夢を語りあうことはなくなっていきました。ラパン・アジルの常連だったドラン、アポリネール、ピカソ、モディリアーニも店には姿を現さなくなります。モンマルトルの画家たちの生活を描いたカルコも、ついには丘を下りてカルチェ・ラタンに居を移します。現在は芸術家ではなく観光客が当時を偲ぶために、ラパン・アジルに集まってきています。すでに消えてしまった夢の跡を求めて世界中から観光客が来る。これもまたパリの魅力の一つなのかもしれません。
- パリ観光基本情報
- ラパン・アジル / Au Lapin Agile
- パリの観光地
- オープン(完成):1825年
- 住所:22 Rue des Saules, 75018 Paris
- 最寄メトロ:Lamarck Caulaincourt(ラマルク・コーランクール)、Abbesses(アベス)
- エリア:モンマルトル
- カテゴリ:パリの観光スポット
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ラパン・アジルへのアクセス(地図)
ラパン・アジルへのアクセス(地図)