パリの通り
パリの通り:コメルス・サンタンドレ小路

コメルス・サンタンドレ小路

パリ最古のカフェや中世の城壁が残る小さな通り
パリの通り:コメルス・サンタンドレ小路
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パリの通り:コメルス・サンタンドレ小路
パリの通り:コメルス・サンタンドレ小路

コメルス・サンタンドレ小路

パリ最古のカフェがある小さな通り

知識階級の多いパリ左岸のサン・ジェルマン・デ・プレを歩いていると、ふと小さなアーケードがあります。中に入ると小さな石畳の通りが奥に続いている。高級ブティックやカフェの連なるサン・ジェルマン大通りを一歩入ったところにあるコメルス・サンタンドレ小路(Cour du Commerce Saint-Andre)です。正式名は「通り」を意味するリュ(rue)ではなくクール(cour)と表記されているので、「石畳の中庭」といった意味合いがあるようです。通りは半分アーケードになっていて、小さな別世界に入り込んだような楽しさがあります。パリ最古のカフェ「プロコープ」や中世の城壁があったりと、歴史的なスポットもたくさん。通りの奥には、有名な処刑装置ギロチンの製作所やフランス革命期の指導者ジャン=ポール・マラーによる『人民の友』誌の印刷所もありました。他にもフランス画家バルテュスがこの通りを描いたりと、絵画好きの方にもおすすめの場所。サンジェルマンでの買い物に疲れた時には、様々な歴史の詰まったこの小路へ出かけてみませんか?

パリ最古のカフェ、プロコープは現在も営業中

コメルス・サンタンドレ小路の始まりは1730年代と古く、サンタンドレ・デザール通り(rue Saint-Andre des Arts)とフォセ・サン・ジェルマン通りrue des Fosses-Saint-Germain (今のランシエンヌ・コメディ通り)の間に開通されました。この古い小路には、パリで最も古いカフェがあることで有名です。カフェ・プロコープはシチリア人フランチェスコ・プロコピオが1686年に開いたカフェ。創業者のプロコピオはフランスで初めてジェラート(アイスクリーム)を売った人物でもあり、1672年には店を構えています。なのでカフェとアイスクリームの歴史はほぼ同じことになりますね。ちなみに店の名前の「プロコープ」とはプロコピオをフランス式に発音したもの。当初から文学者や哲学者、啓蒙思想家が集い、その中にはヴォルテールやルソー、ディドロ、ベンジャミン・フランクリンなどがいました。今ではカフェというとコーヒーを飲みおしゃべりをしたり読書をしたりする場所ですが、当初は「文学サロン」としての役割もありました。革命期にはロベスピエールやジョルジュ・ダントンなどの政治家が議論を交わす場所ともなり、フランス革命後には若き日のナポレオンも訪れました。19世紀には詩人ヴェルレーヌやオスカー・ワイルドも常連客だったようです。オープンからすでに320年以上。多くの文化人に愛され続けてきた老舗中の老舗カフェは現在も同じ場所で営業中です。

意外なところに残る中世の城壁

最古のカフェであるプロコープの向かいには現代的なショコラティエ(チョコレートの店)があり、時空を超えて二つの店が並びあっているような面白さがあります。このサロン・ド・テはアン・ディマンシュ・ア・パリ(Un dimanche a Paris:「パリのある日曜日」という意味)というお店でガラス張りのカウンターに並ぶ様々なチョコレートを選んで買うことができます。サロン・ド・テも併設されているので甘いチョコレートやケーキと一緒にティータイムを楽しむことも可能。お洒落なチョコや紅茶は日本へのお土産にも最適です。しかしこの店のパリ散策的な魅力はチョコレートだけではありません。このお店の中には中世のフランス王フィリップ・オーギュスト時代の城壁が残されています。現代的な店の中に突然現れる中世の城壁は一見の価値があります。お店の中で遺跡を見られる機会は少ないですので、歴史に興味のある方は是非買い物ついでに訪れてみてください。

バルテュスの絵画のモデルとなった通り

またコメルス・サンタンドレ小路は絵画が好きな方にとっても非常に興味のある場所です。この通りはピカソに「21世紀最後の巨匠」と称えられたバルテュス(Balthus, 1908-2001)が描いた絵画「パサージュ・デュ・コメルス・サンタンドレ」"Passage du Commerce-Saint-Andre"(1952-1954)のモデルになったと言われています。異様で独特な作風を持つこの画家はパリに実在するこの小さな通りを描きながら、現実にはどこにも存在しない世界を作り出しました。その絵画を見れば、喧騒とも静寂とも異なる彼独自のパリを味わうことができます。彼がこの絵を描いた当時、ここは今と同じような通りだったのでしょうか。60年以上前のパリに想いを馳せながら、絵画の舞台となった場所を歩くのもパリ散策の楽しみの一つです。

ギロチンが作られた通り

この通りは有名な処刑装置が作られた場所としても知られています。フランス革命期に多くの人間の首を切り落としたギロチンです。ギロチンという名前はパリ在住のジョゼブ・イニャス・ギヨタン医師(1738-1814)に由来しますが、この処刑装置の発明自体はアントワーヌ・ルイ医師(1723-1792)で、当初はルイゼットなどと呼ばれていました。その後ギヨタンが「ギヨティーヌ」というフランス語の一般名詞になり、日本では英語読みのギロチンで知られています。 ギヨタン医師は1789年12月の国民議会で、今後の処刑は死刑囚の苦痛を少しでも短くするために瞬時に絶命できる機械装置ギロチンを使用するべきだという法案を提出し、その人道的な発案は満場一致で承認されました。しかし実際にギロチンを設計・制作したのはヴェルサイユ宮殿に呼ばれたドイツ人のピアノ調律師トビーア・シュミットでした。1792年、彼はコメルス・サンタンドレ小路9番地にあった仕事場でギロチンの模型を製作し、実験に成功してから実用化させました。そして1792年4月25日、現在のパリ市庁舎広場であるグレーヴ広場で、初めて生身の人間でギロチンによる処刑が行われました。最初に首を切られたのは追い剥ぎ強盗ジャック・ペルティエでした。驚くことにフランスでは1939年までギロチンによる処刑が公開されていました。処刑はラ・サンテ刑務所の中で行われ、ギロチンによる最後の死刑執行は1972年11月28日に行われました。
パリ観光基本情報
コメルス・サンタンドレ小路(Cour du Commerce Saint-Andre)
パリの通り
住所:Cour du Commerce Saint-Andre, 75006 Paris(パリ6区)
最寄メトロ:オデオン(Odeon)
エリア:サンジェルマン・デ・プレ
カテゴリ:パリの通り
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