パリの文化・歴史
パリの文化・社会・歴史:パリのメトロ

パリのメトロ

アートも楽しめる、パリ観光には欠かせない交通手段   
パリの文化・社会・歴史:パリのメトロ
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パリのメトロ

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パリの文化・社会・歴史:パリのメトロ
パリのメトロ

【最新情報】2024年6月に新たな駅が誕生

2024年6月24日、メトロ14号線が延伸しておよそ26年ぶりに新しい駅が完成しました。14号線は1998年に開通した最新路線で、今までサントゥーアン駅とオリンピアード駅の間を運行していました。もともとは13駅でしたが、今回新たに8駅が追加。既成路線の北側に1駅、南側に7駅の合計8駅が新設され、パリ南北へのアクセスが大幅に拡張されました(14号線の路線図/RATP公式サイトより)。今まで14号線は全路線の中で最も短い路線でしたが、今回の延伸で全長が28キロとなり、パリのメトロの中で最長の路線になりました。

大きな特徴はパリ市内からオルリー空港までメトロ1本で行けるようになったこと。新たに北の終着駅となったサン・ドニ・プレイエル駅から南のオルリー空港までを約40分で運行します。今までシャルルドゴール空港からパリ市内へは高速鉄道(RER)でのアクセスが可能でしたが、オルリー空港からはオルリーヴァルと呼ばれる空港専用メトロとRERの2つの交通機関を乗り継がなければ市内にアクセスできませんでした。しかし、今回のメトロ14号線の延伸でパリ市内からオルリー空港へのアクセスが大きく改善されました。追加された8駅はサン・ドニ・プレイエル駅、メゾン・ブランシュ駅、ビセートル病院駅、ヴィルジュイフ・ギュスターヴ・ルシ駅、レ・ローズ駅、シュヴィリー・ラルー駅、ティア・オルリー駅、オルリー空港駅(この中でパリ市内にあるのはメゾン・ブランシュ駅)。今後は15、16、17、18号線が新たに作られる予定で、14号線はこれらの新路線と接続する唯一のメトロとなります。これらの新規路線の構想はグラン・パリ・エクスプレスと呼ばれ、新たなパリの交通手段として話題となっています。パリ市内のアクセスは今後さらに利便性が高まり、それによりパリ観光のありかたもより多様になっていくはずです。 パリの文化・社会・歴史:パリのメトロ

パリ観光に最も便利な交通手段

パリのメトロはパリ市内(一部は郊外)を運行する地下鉄網。パリ観光の際に最も利用される公共交通機関です。現在1号線から14号線まであり、駅数は全部で380駅(2024年8月現在)。パリ市内のほぼすべてのエリアを網羅しています。メトロの路線図(MAP)は駅の切符売り場で入手可能で、公式Webサイトでもダウンロードすることができます(メトロ路線図/RATP公式サイトより)。マップは各路線ごとに別の色で分けられ、それぞれ1〜14の番号が振られています(路線には日本のような固有の路線名はなく、パリ市民は路線番号で自分の乗る電車を確認します)。RATP(Régie Autonome des Transports Parisiens)と呼ばれるパリ交通営公団が運営しており、一部の駅はパリ郊外へと向かうRER(Réseau express régional:イル=ド=フランス地域圏急行鉄道網)が乗り入れしています。

日本とはだいぶ異なるパリのメトロの駅表示

駅名と両隣の駅名が表示されている東京の駅と違い、パリのメトロの各ホームにはその駅の名前と終着駅しか表示されていません。自分の乗りたい電車を知る場合は終着駅(〜directionと表示されている)の名前で確認できます。次に来る電車の時刻は書かれていませんが、ホームには電車があと何分で到着するかを示す電光表示板が設置されています。乗り換えはcorresponcance(乗り換え)と表示された看板に沿って進みます。降りるときはSortie(出口)と書かれた青地に白色の表示を目印に進みます。

メトロの名前の由来は?

パリ観光の足として欠かせないメトロ。パリを旅行した方なら一度は使ったことがあるはずです。東京でも2004年から営団地下鉄の呼び名が「東京メトロ」に変わり、メトロが地下鉄を意味する言葉だというのは常識になっていますが、もともとメトロに「地下鉄」という意味はありません。メトロが初めて開設された当時の正式名称はシュマン・ドゥ・フェー・メトロポリタン(chemain de fer metropolitain de Paris)といった長いもの。「パリの大都市鉄道」という意味です。それが省略されて単純にメトロ(Metro de Paris)と呼ばれるようになりました。現在パリのメトロは1号線から14号線まであり、毎日約500万人の人が利用しています。

メトロの意味
パリの地下鉄を指す「メトロ」(メトロポリタン)とは「大都市」という意味。ちなみにロンドンでは地下鉄のことを「アンダーグラウンド」、ニューヨークでは「サブウェイ」と呼び、どちらも「地下」という意味です。

メトロの切符の料金

メトロの切符は切符売り場もしくは窓口で購入できます。チケット(1回券)はどこも一律2.15ユーロの均一料金です(2024年現在)。1枚の切符でパリ市内の全ての駅に行くことができます。東京(日本)のように降りる駅によって値段が異なるということがないので路線図を見て確かめる必要はありません(日本では最近はIC乗車券が主流になりましたが)。最初に通った駅の改札から最後の駅に降りるまで、何度でも乗り換えが自由なのも嬉しい。またこの切符はRATP共通のため、メトロだけでなく市内バスとトラムの全線、パリ市内のRER、モンマルトルのケーブルカーに使うことも可能です。ただし切符の有効時間はメトロ間とメトロ・RERの乗り換えは2時間以内、バス間とトラム間の乗り換えはそれぞれ1時間30分以内と決められています。回数券はないので毎回買う必要がありますが、観光などで1日に何度も乗る方にはパリ・ヴィジット(Paris Visite)というツーリストパスやナヴィゴ・イージー(Navigo Easy)という交通系ICカードがおすすめです。
パリ・ヴィジット(Paris Visite)
メトロ、RER、イル=ド=フランス圏内のフランス国鉄(SNCF)、バス、トラム、モンマルトルのケーブルカーが乗り放題になるツーリストパス。つまりタクシーを除くパリ市内のすべての交通が乗り放題になるチケットで、主要観光地の割引特典がついています。料金は1日券13.95ユーロ、2日券22.65ユーロ、3日券30.9ユーロ、5日券44.50ユーロ。
ナヴィゴ・イージー(Navigo Easy)
1回券やカルネ(10枚または20枚)、1日乗り放題パスをチャージして使える交通系ICカードで、短期間パリに滞在してメトロを使う人にはおすすめです。交通系ICは日本でも普及しているので使いやすいカードです。料金はカード購入代金が2ユーロ、チケット1枚が通常と同じ2.15ユーロ、カルネ(切符10枚)は17.35ユーロになっています。メトロを1日5回以上乗る人には交通系ICで1日乗り放題パスをチャージするのがお得。
ナヴィゴ・スメーヌ(Navigo Semaine)
メトロ、RER、イル=ド=フランス圏内のフランス国鉄(SNCF)、バス、トラム、モンマルトルのケーブルカーが1週間乗り放題になる交通系ICカード。パリに長期滞在する方におすすめです。料金はカード購入代金が5ユーロ、ゾーンごとに料金が異なります(ゾーン1:30.75ユーロ / ゾーン2-3:28.20ユーロ / ゾーン3-4:27.30ユーロ / ゾーン4-5:26.80ユーロ)

メトロの切符が宝物
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の傑作『恐怖の報酬』(1953)で、ベネズエラに住むイヴ・モンタン演じる主人公マリオはパリメトロの切符を宝物として大事に持っています。彼にとってメトロが故郷のパリを象徴するものだったのでしょう。メトロというものがいかにパリジャンの生活の一部になっているかが分かるエピソードです。

パリのメトロ

メトロの歴史(1):19世紀最後の年に生まれたパリの都市交通

19世紀よりメトロ建設の話はありましたが、当初のメトロには「地下鉄」の意味合いは全くなく、単に「首都を走る鉄道」という意味合いでした。つまり最初は地上を走る案が出されていましたが、パリの景観を損なうという理由で却下されます。その後、政治的・財政的な理由から鉄道の建設は遅れ、その間にロンドン(1863年)やブダペスト、ニューヨークで地下鉄がオープンします。しかし、その間に鉄道の技術も蒸気機関から電気に変わり、パリでも地下鉄を作ることが可能になりました。

セーヌ河の上を走る計画もあった?
最初のメトロ計画では、大通りやアパルトマンの上に鉄道を通す突飛な計画もありました。中でも有力だったのはセーヌ河に沿って高架鉄道を建設するというもので、もしそれが実現していたらセーヌの穏やかな眺めは永久に失われていたかもしれません。

今までヨーロッパの各都市に技術的な遅れをとっていたパリは、万博に向けて都市交通を整備する必要に迫られ、やむなくメトロの開発に着手します。そして1900年7月、パリ万博の年にパリのメトロは完成しました。最初にパリのメトロを建設したのはパリ・メトロポリタン鉄道会社(Compagnie du chemin de fer metropolitan de Paris)。略して「CMP」と呼ばれたこの市営会社の名前にある「メトロポリス」が「メトロ」の由来で、次第に地下鉄を指す言葉として世界に広まっていきました。最初はヴァンセンヌ(パリ東部)とポルト・マイヨー(パリ西部)にかけての東西線(1号線)で、次第に路線を増やしていきました。

メトロが生まれたパリ万博
メトロは1900年のパリ万博をきっかけに建設が始まりました。この年のパリ万博ではグラン・パレやプティ・パレ、アレクサンドル3世橋など多くのモニュメントが建設され、今も残っています。それらの建築物はパリのメトロと同い年なのです。

メトロの歴史(2):1935年にはほとんどの路線が開通

1910年には民間の鉄道会社が開業し、南北に走る2つの「ノール・シュッド線」(北南線)を開通。淡い緑色をしたパステルカラーの車両で、今でいうレトロな魅力を感じさせます。A線・B線として運行していましたが、1930年にCMPに組み込まれました(現在の12号線と13号線)。1935年にはほとんどの鉄道網が完成。パリ市全域でメトロが利用できるようになりました。1949年、CMPは公共の旅客輸送事業者としてパリ交通公団(RATP)となり、メトロだけでなくパリの都市交通全体の運営を管理するようになりました。現在はメトロ、RER(郊外高速鉄道)、トラム、オルリーVAL(自動化ライトメトロ・シャトル)を運営しています。

昔のメトロに出会える博物館
パリ近郊のChellesという街には、昔のメトロの車両が保管されています。フランス都市交通博物館(Musée des transports urbains de France)には当時のバスや電車が展示され、昔のパリ交通を間近で見ることができます。保存状態もよく、昔の車両の美しさに驚かされます。電車マニアの方はもちろん、そうでない人にもおすすめの施設です。

メトロの歴史(3):63年ぶりに新路線が誕生

1998年には63年ぶりに新しい線として14番線が開通。混雑緩和を目的に作られたこの新路線は別名「メテオール」(METEOR)と呼ばれました。日本語で「流星」という意味で、Metro Est-Ouest-Rapid(東西高速メトロ)を略したもの。この全く新しい路線の特徴は「自動化」。今までのメトロは乗客が手動でドアを開けていましたが、14号線は初めて自動ドアを採用。しかも完全自動制御の無人運転車両として注目を集めました。またホームドアも設置され、安全対策も強化。2011年には1号線でも自動無人運転を開始しました。現在もメトロは更なる開発を進めていて、2024年には14号線が8駅追加されてオルリー空港まで延伸しました。今後は新たな路線である15、16、17,18号線が開通予定です。

メトロの父
メトロ6号線には「モンパルナス・ビヤンヴニュ」という駅があります。そのまま訳すと「モンパルナスようこそ」という不思議な名前の駅ですが、実はビヤンヴニュは人の名前。フュルジャンス・ビヤンブニュ(1852〜1936)はメトロの地下鉄工事の総指揮をした人物で、「地下鉄の父」と言われました。彼の功績がメトロの名前として残っています。

パリの文化・社会・歴史:パリのメトロ
パリのメトロの入り口

アールヌーヴォーの傑作!植物の宮殿のようなメトロの入り口

パリに行くと必ず目にするメトロの奇怪な入口。緑の蔦が絡まったような、柔らかな液体が伸びたような不思議な外観はパリのイメージシンボルにもなっています。これはアール・ヌーヴォー(Art Nouveau)の代表的建築家エクトール・ギマール(Hector Guimard)の作品。当初のメトロよりギマールのデザインが採用され、パリ万博が開催された1900年から1913年にかけて、パリ市の依頼でギマールは多くの駅の装飾を担当しました。彼がデザインした駅の数は140。アール・ヌーヴォー様式の流行に乗り、ギマールの作品はメトロの象徴となりました。しかし実際には流動的で植物のような彼のデザインはフランス人の間であまり評判はよくなく、一度はメトロの入り口のほとんどが取り壊されてしまいました。破壊を逃れた2号線のポルト・ドフィーヌ駅と12番線のアベス駅にギマールによるオリジナルの入り口が残っています。現在ではアール・ヌーヴォーのデザインが再評価され、撤去されたギマールのデザインが徐々に復元されるようになりました。人の評価は不安定なもの。デザインの歴史はその繰り返しなのかもしれません。

メトロを飾るきらきらのアート
パリのメトロの入り口には、ギマールのアール・ヌーヴォー様式の他にも、特徴のあるデザインのものがあります。メトロ1番線・7番線のパレ・ロワイヤル=ミュゼ・デュ・ルーヴル駅の入り口(コメディ・フランセーズ側)は一度見たら忘れられない外観。直径12センチ〜18センチのガラスの球がいくつも連なってアーチになったような不思議なもので、きらきらしたおもちゃの王冠を巨大化したような詩的なデザイン。ガラス素材を用いた作品で知られるジャン・ミッシェル・オトニエルによって2000年に制作されました。

パリの文化・社会・歴史:パリのメトロ
パリのメトロの入り口

新しくなるメトロ、ユニークなメトロ

21世紀に入ってメトロの改修が行われています。20世紀前半に造られた駅が多く、どのメトロの構内も老朽化が進んでいるためです。ほとんどの駅の壁や天井は真っ白いタイルで覆われ、明るい雰囲気に変わりました。その中でもいくつかの駅では、そのエリアの特色を生かした独自のデザインに改修されたメトロもあります。パリ3区の工芸技術博物館の近くにあるアール・ゼ・メティエ駅のホームは壁全体に銅版が貼られ、レトロな潜水艦の中のような内装で統一されています(写真)。ホームのごみ箱まで銅色で統一されているところにメトロデザインのこだわりを感じさせ、パリが「技術の国」でもあることを思い出させてくれます。ルーヴル美術館近くのルーヴル=リヴォリ駅のホームには、まるで美術館の中のように壁画や彫刻が飾られています。他にもサンジェルマン・デ・プレの中心にあるクリュニー・ラ・ソルボンヌ駅は、天井に様々な芸術家や作家たちの巨大なサインが描かれています。ユニークなメトロ構内はそれ自体がまさに一つの美術館のようです。

メトロは退屈?
パリのサラリーマン生活を指す言葉に「メトロ、ブロ、ドド」という言葉があります。これは「地下鉄、仕事、睡眠」という意味で、変わり映えのしない退屈な日常生活を表現しています。通勤として毎日地下鉄に乗るパリジャンにとって、メトロに乗る行為は日常の退屈な一コマなのかもしれません。

パリの文化・社会・歴史:パリのメトロの椅子
パリのメトロの椅子

メトロの椅子

駅によってホームにある椅子のデザインは異なりますが、1973年に導入された「スィエージュ・コック」(Sieges Coque)という椅子が現在でもよく使われています。「船体の椅子」という意味で、ジョセフ・アンドレ・モットというインテリアデザイナーによってデザインされました。脚がなく壁に設置されたモダンなデザインが特徴(座椅子のように台座に直接乗ったタイプもあり、こちらも足がない)。デザインは同じでも駅によって色が異なっていたりするので、その違いを見つけるのも楽しいです。また特定の駅にしか設置されていないその駅独自のデザインの椅子もあります。メトロ5号線のガール・ドステルリッツ駅の椅子はメトロの切符のデザインを模したユニークなもの。磁気テープがついた切符の裏のデザインをモデルにしています。またメトロ1号線のルーヴル=リヴォリ駅のホームの椅子は美術品が置かれたホームの雰囲気に合わせてシックなガラス製の椅子が置かれています。チュイルリー庭園の最寄り駅であるメトロ1号線のチュイルリー駅は公園に近いせいなのか、ベンチのような木製の椅子が置かれています。

パリの公共施設を手掛けたデザイナー
ジョセフ・アンドレ・モット(Joseph-Andre Motte, 1925-2013)は戦後に家具やインテリアのデザイナーとして活躍したフランス人。1948年からパリの老舗デパートボン・マルシェで家具デザイナーとして働き、1954年に独立しました。その後パリのメトロやシャルルドゴール空港、オルリー空港、ルーヴル美術館などの公共施設のインテリアデザインを手がけました。フレンチモダンデザインの旗手として現在も評価の高いデザイナーです。一般家庭用のインテリアではランプの作品でも有名。

パリの文化・社会・歴史:パリのメトロの広告
パリのメトロの広告

メトロの広告

パリでメトロを使ったときに必ず目にするものの一つが広告です。日本の地下鉄と比べてメトロの広告はサイズも大きく、デザインもシンプルでクリエイティブなものが多いのが特徴。その装飾性の高さは駅のデザインの一部になっています。この巨大な広告は1枚の紙ではなく、複数の紙を貼り合わせて造られています。たまに作業員の人がポスター貼りをしている現場に出会いますが、その素早さと正確性はまさに職人技。わずか数分で古い広告が新しい広告に差替えられます。古い広告は剥がさずにその上に新たな広告を重ねていくのが特徴です。

メトロの匂い

パリのメトロを使ったことがある人なら分かるかもしれませんが、メトロ構内には独特の匂いが漂っています。決していい香りではなく、何かが饐えたような少し甘い香りです。駅によってその匂いは微妙に異なり、何かの腐敗臭、アンモニア臭、消毒液や洗剤、カビ、何かのスパイス、電車特有の機械油、埃の匂いなど、実に様々な香りが沈殿している気がします。各駅ごとの生活圏に違いが匂いにも影響しているのかもしれません。どちらにしてもそれらの匂いはメトロでしか嗅ぐことのできない独特のもの。冬には通気口かどこかから暖かな籠った空気とともにその匂いが拡散してホームに流れ込みます。その中にはメトロの壁や床にしみ込んだ様々な痕跡も混じっているようです。しかしそのような匂いは地元のパリジャンにとっては郷愁を感じる匂いのようで、遠くに出かけていた人がパリに帰ってきてメトロに乗ると、「ああ、パリに帰ってきたな」と思うようです。フランス映画『望郷』でジャン・ギャバン演じるペペ・ル・モコはパリからやってきた女性ギャビーに対して「お前はメトロの匂いがする」と言います。北アフリカのアルジェリアで逃亡生活をするペペにとって、ギャビーはまさに地元パリを思い出させる「望郷の香り」に包まれていたのです。

メトロが舞台の映画

パリのメトロが舞台となった映画はたくさんあります。パリがメインのフランス映画の場合、登場人物たちの移動手段として最もポピュラーなものだからです。そのため、ここではメトロが映画の中で重要なシーンとして使われている(物語の鍵となったり効果的な演出として用いられている)作品に絞って紹介します。
(1)『サムライ』(Le Samouraï)
公開年 / 制作国:1967年 / フランス・イタリア
監督:ジャン=ピエール・メルヴィル
原作:なし
主演:アラン・ドロン
フランスの国民的俳優アラン・ドロンが孤独な殺し屋を演じたノワール映画の傑作。ある男の殺害を依頼されたジェフは仕事を成功させるが、ピアニストの女性の目撃証言によって警察に拘束される。その後釈放されたが、一度疑いをかけられたジェフは警察からマークされることに。殺人を依頼した組織は、金を払わずにジェフを殺そうとする。負傷しながらも命を取り留めたジェフは組織のトップを殺すことを決めるが、警察からの追跡網が彼に迫っていた。愛人やピアニストの女性とのクールな恋愛模様も交えながら、スタイリッシュな殺し屋の行動を描いたスリラー作品で、監督であるジャン=ピエール・メルヴィルの徹底した美学を楽しめます。クライマックスは警察による大規模な尾行を逃れるためにパリのメトロを何度も乗り換えるシーンで、まだ自動改札が導入される以前の1960年代の貴重なメトロ風景を見ることができます。レトロなメトロを見たい人にはおすすめの作品で、またパリのメトロは昔からほとんど変化していないことも確認することができます。
(2)『アメリ』(Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain)
公開年 / 制作国:2001年 / フランス
監督:ジャン=ピエール・ジュネ
原作:なし
主演:オドレイ・トトゥ、マチュー・カソヴィッツ
パリのメトロが出てくる映画はいろいろとありますが、日本で最も有名なのは『アメリ』かもしれません。モンマルトルを舞台にコミュニケーションが苦手な女性アメリのささいな冒険と日常を描いたコメディ映画です。物語の中で主人公アメリが青年ニノと最初に出会ったのがメトロのアベス駅。ただ映画の撮影はアベス駅ではなく、他の駅で行われています。映画の駅と実際の駅を見比べてみるのも面白いです。
(3)『アメリカの友人』(Der amerikanische Freund)
公開年 / 制作国:1977年 / 西ドイツ・フランス
監督:ヴィム・ヴェンダース
原作:パトリシア・ハイスミス『アメリカの友人』
主演:デニス・ホッパー
ドイツ映画の巨匠のヴィム・ヴェンダースによるクライム・サスペンス。『太陽がいっぱい』で有名になったパトリシア・ハイスミスの小説『リプリー』の続編が原作です。主な舞台はハンブルクですが、平凡な暮らしをしていた額縁職人ヨナタン(ジョナサン)がマフィアの殺人依頼を受けてパリに行くシーンでメトロが登場します。メトロのエスカレーターでマフィアを殺す場面が描かれています。相手に気づかれないように尾行する、緊迫感のある地下鉄での場面が印象的な作品です。
(4)『地下鉄のザジ』(Zazie dans le métro)
公開年 / 制作国:1961年 / フランス
監督:ルイ・マル
原作:レーモン・クノー『地下鉄のザジ』
主演:カトリーヌ・ドモンジョ、フィリップ・ノワレ
地下鉄と聞いて最初に連想するのはこの作品かもしれません。『死刑台のエレベーター』で知られるルイ・マル監督によるコメディ映画で、ヌーヴェル・ヴァーグの先駆けとなった作品。子供が主人公の映画ですが、内容は少し難解で不思議な作風の映画です。メトロに乗ることを夢見て地方からやってきた少女ザジがストライキ中の地下鉄を舞台にハチャメチャな冒険を繰り広げます。タイトルに「地下鉄」と入っているのに、映画にはメトロがほとんど出てきません。それでも映画の大きなテーマとしてメトロがあり、パリの地下鉄事情(定期的にストライキが起きる)をリアル描いているのでこの映画を選びました。バスティーユの旧駅舎が撮影されるなど、駅が好きな方には必見の映画です。

参考図書
坂井影代「パリ・メトロ散歩」

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