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パリの人気地区:サン・ジェルマン・デ・プレ

サン・ジェルマン・デ・プレ

パリの知的中心地
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サン・ジェルマン・デ・プレ

パリの知的中心地

サン・ジェルマン・デ・プレは17世紀末から発展してきたパリ6区にあるエリア。パリ最古の教会、サン・ジェルマン・デ・プレ教会を中心とした界隈で、ギャラリーや出版社が多いことで有名です。活気がありながらもシックで洗練された雰囲気の佇まいは、パリを代表する人気の観光地。1930年代からは「パリの知的中心地」として知られ、戦中・戦後には多くの作家や芸術家が集まりました。 その中でもレ・ドゥ・マゴやカフェ・ド・フロール、ブラスリー・リップ(Braserie Lipp)の3つのカフェ・バーはサン・ジェルマン・デ・プレの中心的存在であり、サルトルなど戦後の作家・哲学者のたまり場でもありました。彼らは安ホテルに泊まりながらサこれらのカフェで議論をし、この一体を国際的に有名な知の発信場所にしたのです。詩人のレオン=ポール・ファルグはこのサン・ジェルマン界隈について「この一帯はいまや国家機関ほどにも有名な3つのカフェのおかげで、生活し、呼吸をし、鼓動をし、眠りにつくといってもいいくらいだ」と言っています。 芸術家を惹きつけるパリ名所の流れは20世紀初頭のモンマルトルの丘から始まり、モンパルナスを経てサン・ジェルマン・デ・プレに移ってきたと言われています。しかしその流れも今はサン・ジェルマンを抜けパリの東へと移動しています。またサン・ジェルマンにあった素晴らしい書店ル・ディヴァンやアカデミーフランセーズ伝統の宝石店アルチュス・ベルトランなどの老舗もディオールやルイ・ヴィトンなどの高級ブティックによって移転や店舗分割を迫られ、徐々に知的というよりは商業的なエリアへと変わりつつあります。それでもなお、サン・ジェルマン・デ・プレは記念碑的な知のエリアとして今も人気の観光地です。

なぜサン・ジェルマン・デ・プレが作家のたまり場に?

1910年代までモンパルナスが芸術家や作家のたまり場でした。1909年にピカソがモンマルトルのアトリエ「洗濯船」を出たあと、お金のない芸術家たちは集まる場所を失いました。その後モンパルナスは廃れ、芸術家や作家は丘の下の左岸モンパルナスのカフェに場所を移します。ピカソのアトリエ同様に、カフェは出入りが自由なため、次第に画家や作家たちが集まるようになり、1910年代はモンパルナスが芸術の中心地と言われました。しかしそのモンパルナスも次第に観光地化し、自由な論議の故のカフェでの乱闘事件などで騒がしくなります。そのあとに作家たちが目をつけたのが、まだ村のような雰囲気の残っていたサン・ジェルマン・デ・プレでした。静かな場所で芸術や文学に関する議論や執筆ができる場所として、当時のサン・ジェルマン地区はうってつけの場所でした。そして、ボーヴォワールもモンパルナスからこちらのカフェに拠点を移し、いくつかのカフェは世界的な名所になっていきます。

時代を創ったカフェ、フロールとドゥ・マゴ

サン・ジェルマン・デ・プレ観光で有名なものといえば2つの文学カフェです。モンパルナスに代わって芸術家の集まったサン・ジェルマン・デ・プレのカフェでは、当時作家・哲学者による議論が生まれたり、ときには書斎として使う知識人もいました。実存主義を生み出した作家ジャン=ポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボーヴォワールもそうした知識人の一組でした。コーヒー1杯の値段でいつまでもいられるカフェは、居場所の見つからない芸術家たちの避難所でもありました。サロンとも違った自由な魅力のあるそうしたカフェから、20世紀を代表する文学作品が生まれていったのです。

サン・ジェルマン大通りにあるカフェ・ド・フロール(Cafe de Flore)は1885年創業の老舗カフェ。フロールに通っていたサルトルとボーヴォワールは当時の様子をこう述べています。「わたしたちはカフェ・ド・フロールで同棲しているようなものだった」(サルトル)、「フロールには特有の風俗とイデオロギーがあった。毎日そこに集まる常連の小さな集団には、完全にボヘミヤンに属してもいなければ、まったくのブルジョワでもなかった。大部分の者は映画や演劇の世界に何らかの関係があり、不確実な収入と、やりくりと算段と、希望とで生きていた」(ボーヴォワール)。

道一本を隔てて隣にあるレ・ドゥ・マゴ(Les Deux Magots)も多くの作家が集まった有名なカフェです。1885年創業の老舗カフェで、元々は絹織物のお店でした。そのお店にあった2つの中国人形(フランス語でレ・ドゥ・マゴ)が店名の由来となっており、今もその人形はカフェのインテリアとしてお店の中で見ることができます。アンドレ・ブルトンやルイ・アラゴンなどのシュルレアリストや、ジェイムズ・ジョイス、ヘミングウェイ、カミュなどの作家、ピカソが常連でした。このカフェでも有名なお客だったのはやはりボーヴォワールとサルトルの2人で、彼らはここを書斎として使っていました。それはまさに第2の家でした。当時の若き作家たちは何者かになろうとして居場所を探し、これらのカフェにたどり着いたのです。作家たちの息吹はあまり感じられないかもしれませんが、今でも変わらずにこれらのカフェが同じ空間にあること。これが大事なことなのだと思います。

これらの2つのカフェが文学カフェと言われるのは、単に作家たちが集まっただけでなく、文学への尊敬を形にしているからでもあります。レ・ドゥ・マゴは1933年にドゥ・マゴ賞を設立し、無名作家たちを支援し続けています。カフェ・ド・フロールも1994年にフロール賞を設立し、毎年カフェで作品の選考をしています。このような文学を身近に感じられるのもサン・ジェルマン・デ・プレのカフェならではですね。

ヘミングウェイも通った老舗の名店、ブラッスリー・リップ

サンジェルマン・デ・プレの有名カフェはドゥ・マゴとフロールともう一つあります。パリ滞在中の作家ヘミングウェイが通ったブラッスリー・リップです。彼は原稿料が入るとすぐにこの店へ向かい、セルブラ・レムラード(ソーセージのマスタード添え)とポム・ア・リュイル(ジャガイモのオイル漬け)、そして生ビールを250cc頼みました(アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」)。ブラッスリー・リップはレオナール・リップによって1880年に創業された老舗のブラッスリー。サンジェルマン大通りに面し、ちょうどサン・ジェルマン・デ・プレ教会の向かいになります。昔ながらの服装のギャルソンが給仕をしてくれる、パリでも珍しい正統派のブラッスリー。ヘミングウェイのいた1920年代当時の雰囲気を味わえる貴重な空間で、クラシックなフランス料理を堪能してみてはいかがでしょうか。

サルトルも住んでいた、観光に便利なカフェ・ボナパルト

サン・ジェルマン・デ・プレのカフェと言えば上記のカフェ・ド・フロールとレ・ドゥ・マゴですが、現在は観光地化も激しく、値段も驚くほど高かったりします。もう少しお手頃にカフェを楽しみたいという人にはカフェ・ボナパルトがおススメです。サン・ジェルマン大通りと交差するボナパルト通りにあり、サン・ジェルマン・デ・プレ教会の裏手にあるカフェ。実はこのカフェと同じアパルトマンにサルトルが住んでいました。住所はボナパルト通り42番地(42 rue Bonaparte)。当時、彼はここから歩いて1分のところにあるカフェ・ドゥ・マゴへ通っていました。何故同じアパルトマンにあるカフェ・ボナパルトに行かなかったのかは謎ですが、あまりに近すぎるというのも理由の一つかもしれません。

左岸の知識人エリアを代表する書店だったラ・ユンヌ

サン・ジェルマン・デ・プレ地区には多くの書店がありますが、その中でも代表的な知識人御用達の書店がラ・ユンヌ。ベルナール・ゲールブランによってラバイ通りに1944年にオープン、サルトルやボーヴォワールなどの知識人に愛されました。最初は書店でしたが、その後版画の出版元や画廊として人気となり、1991年以降は大手出版社フラマリオンの経営となりサン・ジェルマン・デ・プレ大通り沿いに移転しました。 レ・ドゥ・マゴとカフェ・ド・フロールの間という、パリ左岸の文学好きにはたまらない立地で、多くの作家や芸術家が通ったそうです。ユンヌとはフランス語で「船の物見台」の意味。船の舳先の形をした不思議な内装が魅力です(白を基調としたフランスの書店の美しさにはいつも驚かされます)。1階には文芸・哲学関連の書籍、2階はアート・建築関連の大型書籍が揃っています。夜中まで空いているので仕事帰りのパリジャンにも人気。 2012年には大手出版社ガリマール書店に売却されますが、賃料の高騰によって再びラバイ通りに移転。その後も経営は続きましたが、2015年6月に惜しまれつつ閉店しました。

サン・ジェルマン・デ・プレで生まれたボードレール

サン・ジェルマン・デ・プレは作家が集まってきただけでなく、そこで生まれ少年時代を過ごした作家もいた場所です。『悪の華』で有名な詩人であり19世紀パリの有名な遊歩者でもあったシャルル・ボードレールはサン・ジェルマン大通り付近で生まれています。まだ村のような田舎の雰囲気が残っていた19世紀、彼はここで生まれて少年時代を過ごしました。1821年にボードレールが生まれた生家(13 rue Hautefeuille)は、今は残っていません。小さな塔のあったその家は、サン・ジェルマン大通りができたときに取り壊されてしまいました。アシェット書店がある住所が生家跡とされていますが、実際には大通りの真ん中辺りだと言われています。レストランや雑貨店が多く観光客で賑わうサン・タンドレ・デ・ザール通り(rue Saint-Andre des arts)22番地には、ボードレールが1827年に母と共に住んだ家がありました。幸福なこの時代のことを彼は後の回想記に書いています。またボードレールが華やかな青春時代の一時期(1843-1845)を過ごしたホテル・ピモダンはパリ4区のサン・ルイ島にあります(17 Quai d'Anjou 4e Paris)。

様々な楽しみ方ができるサン・ジェルマン・デ・プレ観光

サン・ジェルマン観光の魅力は知的・芸術的な部分だけではありません。もうひとつの魅力はあらゆる場所へ開かれているところ。教会や有名カフェのあるサン・ジェルマン大通りをセーヌ方面の北上すれば、小さなギャラリーや骨董店があり、ルーヴル美術館や芸術橋に近い。またサン・ジェルマン大通りを南に行くと、様々なブティックを楽しめますし、サン・シュルピス教会や自然豊かなリュクサンブール公園もあります。また大通りを東に行けばソルボンヌ大学のある学生街カルチェ・ラタン、西へ行けば貴族の私邸が残る高級住宅地フォブール・サン・ジェルマン。このようにサン・ジェルマン・デ・プレはあらゆる種類の観光地へ行ける観光の中心地でもあります。

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